【ヨーヨープレイヤー紹介#006】ユウキ・スペンサー (Yuuki Spencer)

Photo by ©CLYW

■ユウキ・スペンサー

2002年・2008年の二度世界を制している1A部門世界チャンピオン。アメリカ・ハワイ州出身。日本人とアメリカ人のハーフで、英語も日本語も話せるバイリンガル。ハワイを拠点に活動していたTHP(チームハイパフォーマンス)の後期メンバー(2000年に加入)で、ヨーヨー業界のプレイスタイルのトレンドが2Aから1Aに移っていく時期に1Aプレイヤーとして頭角を現しました。
ハワイ出身で世界チャンピオンにまで昇りつめた人と言えばエヴァン・ナガオ選手も同じ経歴を辿っていますが、年齢的にもキャリア的にもユウキ選手の方が先を行っているので、エヴァン選手はユウキ選手の影響を受け、後を追ってきたと言えるかもしれません。

ユウキ選手の影響力はとても大きく、世界で最も影響力のあるプレイヤーの1人と言っても過言ではありません。2002年世界大会で優勝した時は、いわゆるゴチャ系と言われる複雑なトリックを多用したフリースタイルで会場を沸かせました。「ユウキスタイル」とも呼ばれた彼のスタイルは、後にたくさんのフォロワーを生み、カリスマ的存在となりました。
5年後の2007年世界大会で再び世界チャンピオンへと返り咲き、技術が衰えるどころか健在であることを示しています。(この時なんと予選も1位通過していました!)使用していたヨーヨーファクトリーのヨーヨー「888」も、ユウキ選手使用モデルということで爆発的な人気となり、ヨーヨーのセールスにも影響を与えています。

初期のユウキ選手はダンカンのフリーハンドオリジナルを愛用し、2002年に世界チャンピオンになった際にも使用していましたが、ダンカンクルーに加入することはなく、翌年チームヨーヨージャムに加入しています。その後のスポンサーチームはヨーヨーファクトリーを経て、現在はCLYWに在籍。YYFとCLYWでは自身のシグネチャーモデルもリリースされています。
オリジナルトリックが多いことでも有名なユウキ選手。彼の名前が付いた「ユウキ・スラック」等、今では定番になっているようなトリックをいくつも開発した功績が認められ、2005年にトリックイノベイター賞を受賞しています。
また、ヨーヨーだけでなく、アーケードゲーム「ストリートファイターIII」においても凄腕ゲーマーとして活躍し、その世界でも広く知られた存在です。

主なタイトル:
2014年 44CLASH 1A部門 3位
2014年 800YOYOCLASS Vol. 23 優勝
2012年 PNWR 2A部門優勝
2012年 ヴァージニア州大会 1A部門 優勝
2012年 カリフォルニア州大会 1A部門 優勝
2010年 全米大会1A 5位
2010年 世界大会 1A部門 4位
2010年 ベイエリアクラシック 1A部門 2位
2009年 全米大会 1A部門 優勝
2009年 SCR 1A部門 優勝
2008年 ベイエリアクラシック 1A部門 優勝
2007年 全米大会 1A部門 優勝
2007年 全米大会 4A部門 5位
2007年 世界大会 1A部門 優勝
2007年 ベイエリアクラシック 1A部門 優勝
2006年 全米大会 1A部門 4位
2006年 世界大会 1A部門 6位
2006年 ベイエリアクラシック 1A部門 3位
2005年 全米大会 1A部門 1位
2005年 全米大会 2A部門 7位
2005年 全米大会 4A部門 3位
2005年 世界大会 1A部門 2位
2004年 全米大会 1A部門 4位
2004年 ベイエリアクラシック 1A部門 優勝
2004年 世界大会 1A部門 3位
2004年 ハワイ州大会 1A部門 優勝
2003年 全米大会 1A部門 2位
2003年 世界大会 1A部門 4位
2003年 ベイエリアクラシック 1A部門 4位
2002年 全米大会 1A部門 3位
2002年 世界大会 1A部門 優勝
2001年 全米大会 1A部門 3位

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この記事を書いた人

1997年のハイパーヨーヨーブーム初期からヨーヨーを続け、幅広い交友関係を持つ。ヨーヨーコレクター。元チームヨーヨージャムメンバー。2003年世界大会3A部門準優勝。上野ヨーヨー練習会主催者。音楽と散歩が好きでのほほんとした性格だが、一人でふらっとどこへでも、神出鬼没に日本各地や海外にも出向く行動派。あだ名は「アル」もしくは「アルちゅん」。

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