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【ヨーヨープレイヤー紹介#016】ジョセフ・ハリス (Joseph Harris)

■ジョセフ・ハリス (Joseph Harris)

アメリカ人の2Aプレイヤー。1987年6月19日生まれ。ハワイ州ホノルル出身。YoYoJoeのニックネームでも知られています。
ワールドワイドなプロスピナー集団THP(チームハイパフォーマンス)のメンバーとして頭角を現し、数々のコンテストでタイトルを獲得。THP解散後もTHPイムズを感じさせるプレイスタイルで、アメリカの大会や世界大会でその存在感をアピールしてきました。2011年には念願の全米チャンピオンに輝いています。
2005年6月にチームヨーヨージャムに加入し、以降同チームのベテラン2Aプレイヤーとして看板選手に。自身のシグネチャーモデル「アンリーシュト」もリリースし、ルーピングヨーヨーの新たな選択肢を提示しました。
現在はサンフランシスコに移住しています。
アメリカの人気テレビ番組”America’s got Talent”にも出演経験があります。

主なタイトル

2016年 全米大会 2A部門 優勝
2016年 世界大会 2A部門 5位
2015年 ラスベガス国際オープン 2A部門 3位
2014年 ラスベガス国際オープン 2A部門 優勝
2014年 全米大会 2A部門 優勝
2014年 世界大会 2A部門 6位
2014年 カリフォルニア州大会 2A部門 優勝
2014年 ベイエリアクラシック 2A部門 優勝
2013年 全米大会 2A部門 優勝
2013年 世界大会 2A部門 7位
2013年 ベイエリアクラシック 2A部門 優勝
2012年 全米大会 2A部門 2位
2012年 世界大会 2A部門 4位
2012年 カリフォルニア州大会 2A部門 優勝
2012年 ベイエリアクラシック 2A部門 2位
2011年 全米大会 2A部門 優勝
2011年 世界大会 2A部門 7位
2011年 カリフォルニア州大会 2A部門 優勝
2011年 ベイエリアクラシック X部門 優勝
2011年 PNWR 2A部門 2位
2011年 Triple Crown of YoYo 優勝
2010年 全米大会 2A部門 3位
2010年 世界大会 2A部門 6位
2010年 ベイエリアクラシック 2A部門 2位
2009年 全米大会 2A部門 2位
2009年 世界大会 2A部門 5位
2008年 全米大会 2A部門 優勝
2008年 世界大会 2A部門 7位
2008年 カリフォルニア州大会 オープン部門 優勝
2008年 カリフォルニア州大会 1A部門 5位
2008年 PNWR 1A部門 11位
2008年 PNWR 2A部門 優勝
2008年 PNWR 3A部門 2位
2007年 全米大会 2A部門 2位
2007年 カリフォルニア州大会 オープン部門 2位
2007年 ベイエリアクラシック オープン部門 4位
2006年 全米大会 2A部門 2位
2006年 世界大会 2A部門 7位
2006年 ベイエリアクラシック オープン部門 3位
2005年 全米大会 2A部門 5位
2003年 全米大会 2A部門 6位
2003年 ハワイ州大会 優勝
2002年 全米大会 2A部門 7位
2002年 ハワイ州大会 優勝
2001年 全米大会 2A部門 3位
2001年 世界大会 2A部門 6位
2001年 ハワイ州大会 優勝
2000年 全米大会 2A部門 2位
1999年 全米大会 2A部門 4位
1999年 世界大会 2A部門 11位


【ヨーヨープレイヤー紹介#015】ジョン・ヒグビー (John Higby)

Photo by ©YoYo People

■ジョン・ヒグビー (John Higby)

アメリカ人のプロヨーヨーパフォーマー。2008年世界大会AP部門チャンピオン。4つのギネス記録を持ち、世界26か国でショーを行った実績があります。ストリートでの大道芸からステージショーまで、場所を選ばない「家族で楽しめるパフォーマンス」が幅広い層から高く評価されています。巨大なヨーヨーの上に乗りながらヨーヨーをプレイするのは彼の十八番。
妻であるRebecca Higby氏もパフォーマーで、現在は夫婦でのパフォーマンスも行っています。

Photo by ©YoYo People

ジョン・ヒグビー氏は、Mr. Yodel名義でアーティストとしても活動しています。ハンドペイントされたヨーヨーが有名で、一目で彼の作品だとわかる独自のイラストや色使いが特徴。これまでにダンカンやヨーヨーファクトリー等のヨーヨーブランドからMr. Yodel作品のヨーヨーもリリースされています。

ショーもイラストも、常に遊び心を持った自由な発想でファンを楽しませてくれます!

主なタイトル:
2008年 世界大会 AP部門 優勝


【ヨーヨープレイヤー紹介#014】ジェンセン・キミット (Jensen Kimmitt)

■ジェンセン・キミット (Jensen Kimmitt)

カナダのエドモントン州出身の1Aプレイヤー、ジェンソン・キミット氏は、カナダで最も有名なヨーヨープレイヤーの1人で、2010年1A部門世界チャンピオンです。1932年に開催された初のヨーヨー世界大会で優勝したハーヴィ・ロウ氏がカナダの代表選手なので、カナダの選手が世界チャンピオンになるのは、それ以来78年ぶり。日本人やアメリカ人ばかりが世界タイトルを獲っている近年の世界大会において、その二か国以外の国の選手が優勝を勝ち取るのは快挙です。しかもこの時の使用ヨーヨーは、ヨーヨーファクトリー(以下YYF)の「ノーススター」というプラスチックヨーヨーで、メタルヨーヨー全盛時代にプラヨーで世界大会優勝という事も世間を驚かせました。

ジェンセン氏のヨーヨー歴は長く、記録にある限りでは2001年のカナダ大会で優勝を果たしている映像が残っています。それから数年後の2009~2010年頃には世界を周り、各国のコンテストに参加し、飛ぶ鳥を落とす勢いでタイトルを獲得していきます。同時に交流を深め、世界中にジェンセン氏の名前は広まっていきました。日本にも2009年・2010年の2年連続で44CLASH出場のために来日しています。ホップ系トリックをよくやることで、「ホップさん」の愛称で呼ばれていた時もありました。その後は前述した通り世界チャンピオンとなり、スポンサーもCLYW→ヨーヨーファクトリー→CLYWと古巣へ戻っていきました。
現在は、CLYWでチームメイトだったチャールズ・ヘイコック氏と共にA-RTというブランドを立ち上げています。

主なタイトル:
2014年 PNWR 1A部門6位
2013年 カリフォルニア州大会 1A部門 5位
2013年 PNWR 1A部門8位
2011年 世界大会 1A部門 9位
2011年 カリフォルニア州大会 1A部門 優勝
2010年 44CLASHバトルトーナメント 優勝
2010年 世界大会 1A部門 優勝
2010年 カナダ大会 1A部門 優勝
2010年 ベイエリアクラシック 1A部門 優勝
2010年 カリフォルニア州大会 1A部門 優勝
2010年 PNWR 1A部門優勝
2009年 44CLASH 1A部門 優勝
2009年 カナダ大会 1A部門 優勝
2009年 世界大会 1A部門 4位
2009年 ベイエリアクラシック 1A部門 優勝
2009年 PNWR 1A部門優勝
2001年 カナダ大会 1A部門 優勝


【ヨーヨープレイヤー紹介#013】ドクター・ポピュラー (Doctor Popular)

Photo by ©DocPop

■ドクター・ポピュラー (Doctor Popular)

アメリカ合衆国テネシー州出身。本名ブライアン・ロバーツ。一般的にはニックネームの「ドクター・ポピュラー (Doctor Popular)」、もしくは略称の「ドックポップ (DocPop)」と呼ばれる。多才なことで知られ、サンフランシスコを拠点にパフォーマー、ミュージシャン、デザイナー、漫画家、その他クリエイターとして多岐にわたる活動をしている。

トリックイノベイターとして多くのトリックを世に生み出してきた。代表的なトリックとして、ジャイロ、ウォッシング・マシーン、そしてモービアス(フィンガーホールを外して行うスタイル)などを開発している。ミネソタ州に住んでいた頃からその才能を開花させ、2000年の世界大会X部門では3位に入賞、翌2001年の全米大会ではTrick Innovator of the Yearを受賞している。コンテスタントとして積極的に大会に出場するほうではないが、彼のトリックにインスパイアーされたプレイヤーは多く、2000年以降のヨーヨー界において、トリック開発の分野では欠かせない存在となった。

ヨーヨーメーカーからの信頼も厚く、フラットな立ち位置で様々なメーカーと親交があり、これまでにヨーヨージャム、バズオン、スピンタスティクス、C3ヨーヨーデザインといったメーカーとコラボモデルを共同開発している。また、最近では自身のオリジナルブランドも立ち上げている。

主なタイトル:
2007年 カリフォルニア州大会5A部門 3位
2006年 ベイエリアクラシック1A部門 12位
2004年 全米大会 5A部門 5位
2001年 世界大会 X部門 11位
2000年 世界大会 X部門 3位


【ヨーヨープレイヤー紹介#012】テッサ・ピッチロ (Tessa Piccillo)

Photo by ©CLYW

■テッサ・ピッチロ (Tessa Piccillo)

1996年10月15日生まれ。アメリカ・カリフォルニア州出身の女性プレイヤー、テッサ・ピッチロ選手は、2009年7月にヨーヨーを始め、主に1Aプレイヤーとして頭角を現わしてきました。2011年~2012年頃、チームヨーヨージャムの“JD”ことJohnnie Delvalle選手によって見い出され、JDのアプランティス(子弟制度の弟子)としてチームヨーヨージャムに加入。2013年にはプロチームに昇格。ヨーヨージャム後期を代表するプレイヤーとして活躍し、自身のシグネチャーモデル「トランセンド」もリリースしています。

2015年末、ヨーヨージャム活動終了に伴いフリーとなり、その後カナダのヨーヨーメーカーCLYWのチームに加入しました。CLYWからもシグネチャーモデル「コディアック」をリリースし、CLYWでは珍しいインナーバイメタルモデルとして人気を集めました。テッサ選手自身も世界大会の女性部門で優勝するなど、名実共にスター選手の仲間入りを果たしました。2015年の世界大会と、2016年に東京で開催されたTHROWDOWN!出場のために二度来日経験もあります。

主なタイトル:
2019年 世界大会 女性部門 3位
2017年 世界大会 女性部門 優勝
2016年 世界大会 女性部門 2位
2016年 ベイエリアクラシック 1A部門 20位
2016年 PNWR 1A部門 25位
2016年 EYYC 女性部門 優勝
2015年 ラスベガスオープン 1A部門 14位
2015年 世界大会 女性部門 7位
2015年 ベイエリアクラシック 1A部門 20位
2014年 世界大会 女性部門 優勝
2014年 ベイエリアクラシック 1A部門 12位
2014年 全米大会 1A部門 13位
2014年 カリフォルニア州大会 1A部門 16位
2013年 MWR 1A部門 3位
2013年 ベイエリアクラシック 1A部門 20位


【ヨーヨープレイヤー紹介#011】山本 淳也(ヤマモトジュンヤ)

■山本 淳也(ヤマモトジュンヤ)

兵庫県出身。10月23日生まれ。2000年代中頃に活躍した2Aプレイヤー。
こう言ったら失礼かもしれないが、実力に対して知名度は低い。しかし、現在活躍している2Aトッププレイヤー達も一目を置く存在で、知る人ぞ知るトップレベルのプレイヤーであることは間違いない。
個人的にも物凄く好きなプレイヤーの一人で、YouTubeにある数少ない彼のビデオを定期的に観ている。下の方に動画を貼っておくのでぜひ観てほしい。

まずトリックがキレイ。ループもラップも軌道が安定していて、ストリングの残像さえもコントロールしているかのようなトリックさばきは見惚れてしまう。
絶賛されるもうひとつの理由は、純粋にテクニカルなことだ。専売特許のようなループコンボは、2Aをやらない・詳しくない人でも思わず歓声を上げてしまうほど。ただ上手いだけでなく、肩の力を抜いて難しいトリックを軽々とこなし、どこか優しい雰囲気のあるフリースタイルは彼にしかできないものだろう。

そんな希有なプレイヤーだが、数年前に大きな事故に遭い、ヨーヨーをするのもままならないようになってしまった。
現在はリハビリをがんばっているようなので、無理せず…でもまた彼のフリースタイルが観たい!と、いちファンとして応援している。

主なタイトル:
2006年 セントラルジャパンヨーヨーコンテスト 2A部門 優勝
2005年 世界大会 2A部門 4位
2005年 全国大会 2A部門 5位
2005年 ウエストジャパンヨーヨーコンテスト 2A部門 2位
2004年 ウエストジャパンヨーヨーコンテスト 2A部門 2位


【ヨーヨープレイヤー紹介#010】YukkiYOYO(鈴木幸宏さん)

■YukkiYOYO(鈴木幸宏さん)

本名、鈴木幸宏(スズキユキヒロ)。1985年9月1日生まれ。神奈川県横浜市出身。ユッキーの愛称で親しまれ、ステージネームではYukkiYOYOと呼ばれていました。
1997年~のハイパーヨーヨーブームでヨーヨーを始め、1999年1月に開催された第4回ジャパンチャンピオンシップ関東大会チームプレイ部門では「じっくりコトコトにこんだチーム」のメンバーとして出場し優勝。以降はソロでコンテストに出場するように。短いストリングでループ系トリックを流れるように繰り出すスタイルが評価され、国内トップクラスの実力者として全国的にも名が知れ渡るようになっていきます。そして、2002年に開催されたUTYJ Yo-Yo Competition vol.04 National(全国大会)AA部門で優勝。2002年にアメリカの老舗ヨーヨーブランドYOMEGAのスポンサーチームに加入し、同年の世界大会では準優勝、翌2003年世界大会は3位入賞と、競技プレイヤーとして輝かしい成績を残しますが、この頃からパフォーマンスに重きを置くようになります。

高校在学中に大道芸を始め、地元横浜でヨーヨーパフォーマーとしての経験を積んでいきます。高校卒業後、単独フランスへ渡り、CNAC(フランス国立サーカス学校)に入学。ヨーヨーメインの人としては史上初でした。言葉もわからないフランスで一人、日々鍛錬を繰り返す毎日。計り知れない忍耐力と努力で学校を卒業し、一人前のパフォーマーへと成長していきます。技術・表現力共に突き詰めた彼のことを、人々は次第に「ヨーヨーパフォーマー」ではなく「ヨーヨーアーティスト」と呼ぶようになります。YukkiYOYO自身は「おもちゃ」として始めたヨーヨーがいつしか、己の世界観を表現する手段となり、まさにアーティスト(芸術家)として評価されるようになりました。フランスを中心にヨーロッパ各地のサーカス、劇場、キャバレーなどで活躍するようになり、ヨーヨーのパフォーマンスを生業とする人としては先駆者となっていました。

フランスでのYukkiYOYOの活躍や暮らしぶりは、『パリでメシを食う。』(川内有緒著/幻冬舎文庫)で「孤高のヨーヨー・アーティスト」として詳しく書かれています。彼の心の内側や、物事に対して純粋な気持ちで向き合っていく姿は、そのままパフォーマンスの世界観へと繋がっている気がします。アクロバティックな動きをしながらも、とても繊細で、人も空気も巻き込んでいくような演技は、今でも彼にしか作ることのできない世界だったと思います。

YukkiYOYOは『ジョジョの奇妙な冒険』が好きで、「ジョジョ立ち」というポーズを外国の行く先々で人に教えていました。そのため、彼の写真はジョジョ立ちをしていることが多いです(笑)
そういった所でも、人への影響力があった人物だったことが伺えます。

2012年6月27日、公演先のドイツで不慮の事故により逝去。26歳という若さでした。
亡くなる数日後に開催された日本の全国大会に来場予定でしたが叶わず、同大会の会場のステージ横には彼の写真が飾られ、黙祷が捧げられました。その年の世界大会のパンフレットにも訃報が書かれ、YukkiYOYOと仲の良かったブラジルのラファエル・マツナガさん(2002年5A世界チャンピオン/ナショナルヨーヨーマスター)がメッセージを寄せています。

個人的には付き合いが長く、いろんなことが思い返されます。2010年にフランスまで会いに行ったこともありますが、フランスの全国大会で会ったのが彼との最後でした。

今日6/27はYukkiYOYOの命日です。亡くなってから丸8年。今でも亡くなったことが信じられません。今でも彼はどこかで生きてるんじゃないかという気さえします。

ご冥福をお祈りすると共に、彼が天国でも笑顔でヨーヨーをしていることを願います。


Photo by ©Nana

 

主なタイトル:
2004年 全国大会 2A部門 3位
2003年 世界大会 2A部門 3位
2002年 世界大会 2A部門 2位
2002年 UTYJ vol.04 ファイナル(全国大会) 2A部門 優勝
2001年 UTYJ vol.04 東京大会 2A部門 優勝
2001年 UTYJ vol.03 ファイナル(全国大会) 2A部門 4位
2000年 UTYJ vol.03 東京大会 2A部門 優勝
2000年 第6回ジャパンチャンピオンシップファイナル フリースタイル部門 5位
2000年 第6回ジャパンチャンピオンシップ関東大会 フリースタイル部門 2位
1999年 第4回ジャパンチャンピオンシップファイナル チームプレイ部門 3位
1999年 第4回ジャパンチャンピオンシップ関東大会 チームプレイ部門 優勝


【ヨーヨープレイヤー紹介#009】アレックス・ガルシア (Alex Garcia)

■アレックス・ガルシア (Alex Garcia)

第1期ハイパーヨーヨーブーム時に、中村名人と並ぶ人気プレイヤーだったアレックス・ガルシア氏。本名、Greg Alexander Garcia。ハワイ州ホノルル出身。1983年3月16日生まれで、ヨーヨーを始めたのは1995年。1996年にTHP(チームハイパフォーマンス)が結成された時からの創設メンバーであり、初代キャプテンを務めていました。
1997年からはハイパーヨーヨーのプロモーションで何度も日本に来日し、全国各地をツアーで周ってデモンストレーションを行ったり、雑誌やテレビ出演などをこなす多忙な日々を送っていました。アメリカに帰国する際には大量のミニ四駆をお土産に買って帰ったという逸話も残っています。

ヨーヨーを始めた年のハワイ州大会で優勝した後、1996年全米大会フリースタイル部門(当時は1Aや2Aといった部門の分け方ではなくて、規定トリック部門とフリースタイル部門という分け方でした。)でも優勝し、メディア出演時には「全米フリースタイルチャンピオン」というタイトルと共に紹介されることが多かったです。世界大会では1997年に準優勝という結果を残し、翌1998年全米大会では再びチャンピオンへと返り咲いています。
スピードプレイを得意とし、1Aでも2Aでもダイナミックかつ高速にトリックを繰り出す姿に憧れた人も多かったと思います。その素早いヨーヨーさばきから「WARP SPEED」の異名を持っていました。(ブーム当時、”WARP SPEED”という曲もCDでリリースされていました!)

名実共にトッププレイヤーだったアレックス氏ですが、1999年の世界大会を最後にヨーヨーを一時辞めてしまいます。
それから10余年の2011~2012年頃、ヨーヨーファクトリーのサポートの元、ハワイで「YoYoFactory808」というヨーヨー教室を開催し始めます。2012年の全国大会(ジャパンナショナルヨーヨーコンテスト)では、スペシャルゲストとして数年ぶりに来日し、その頃リリースされたヨーヨーファクトリー「ループ808」を使ってフリースタイルを披露しています。ハイパーヨーヨーで育って来た世代にとっては感慨深く、少年時代に戻ったようなひと時となりました。現在はヨーヨーで勢力的な活動はしていないようですが、いつの日かまた彼のプレイが観られる日が来ると良いですね。

主なタイトル:
1998年 全米大会 2A部門 優勝
1998年 世界大会 2A部門 4位
1998年 ハワイ州大会 2A部門 優勝
1997年 全米大会 2A部門 3位
1997年 世界大会 2A部門 2位
1997年 ハワイ州大会 プロ-アマ部門 優勝
1997年 Yo For It コンテスト 優勝
1996年 全米大会 フリースタイル部門 優勝
1995年 ハワイ州大会 優勝


【ヨーヨープレイヤー紹介#008】ブレント・デリンジャー (Brent Dellinger)

■ブレント・デリンジャー (Brent Dellinger)

アメリカ・カンザス州ウィチタ出身のブレント・デリンジャー選手は、HPK(ハイパフォーマンスカイト)のヨーヨープロモーションをきっかけにヨーヨーを始め、地元のヨーヨー仲間であるCody TaylarやDonald Wilsonらとチームトルネードを結成。以降、技を磨きつつ、パフォーマンスやティーチングなども精力的に行っていきます。意外かもしれませんが、THPの緑色のユニフォームを着てデモンストレーションをしていた時期もありました。毎週のように行っていた各地のパフォーマンスでは、専門の1Aだけでなく、2Aや4Aも披露していたそうです。ブレント選手のお兄さんはボートレースの選手としてアメリカでは有名な方で来日経験もあります。そんな兄の背中を追うように、自身もヨーヨーの世界でトッププレイヤーへと駆け上がっていきます

ブレント選手の名前が知れ渡るようになったのは2000年。MWRとMARというアメリカの2つの地区大会で優勝、そして全米大会では準優勝を果たします。翌年もその勢いのままBACで準優勝、世界大会では5位、全米大会では最後に鳩を出すパフォーマンスを披露し準優勝という結果に。さらにその翌年、2002年春には来日を果たし、UTYJ(全国大会)で準優勝。その時に使用していたヨーヨージャムの「ナイトムーブズ」は、当時のプレイヤーにとっては衝撃を受けるほどの評判に。後に彼のシグネチャーモデルとなる「スピンマスター」「スピンマスター2」「スピンマスター3」のベースとなったヨーヨーでもあります。(スピンマスターは、2018年にiYoYoから「スピンマスターX」としてリファインされたものが発売されます。)そして、2002年全米大会、ついに念願の全米チャンピオンに輝きます。その後も数々の大会で活躍しますが、2005年に選手としては引退してしまいます。

2000年代前半、ヨーヨージャムが世界中にユーザーを獲得していく中で、チームヨーヨージャム(同社のスポンサードチーム)の存在は非常に大きかったと断言できます。チーム初期の看板プレイヤーは、間違いなくブレント選手だったと言えるでしょう。”スピンマスター”の異名を持ち、ユーロビートに合わせてスピーディーにトリックを繰り出していくブレント選手のスタイルは、後にチームヨーヨージャムに加入するHiroyuki氏(現sOMEThING / freshthingsオーナー)や、多くのプレイヤーに影響を与えました。オリジナルトリック「ブレント・ストール」や「D3(ディースリー)」も有名です。
2015年にヨーヨージャムが活動終了を宣言した際、ブレント選手はヨーヨージャムにとって大きな財産だったと語っています。それはヨーヨージャムにとってだけでなく、世界のヨーヨー業界にとっての財産だったと言えるほど、影響力のあるカリスマ的なプレイヤーだったと思います。

主なタイトル:
2005年全米大会 1A部門 8位
2004年全米大会 1A部門 9位
2003年全米大会 1A部門 3位
2003年世界大会 1A部門 2位
2003年ベイアリアクラシック 1A部門 2位
2003年MAR 1A部門 2位
2002年全米大会 1A部門 優勝
2002年UTYJ vol.4 1A部門 2位
2001年全米大会 1A部門 2位
2001年世界大会 1A部門 5位
2001年ベイアリアクラシック 1A部門 2位
2000年全米大会1A部門 2位
2000年MWR (Mid West Regional) 1A部門 優勝
2000年MAR (Mid America Regional) 1A部門 優勝


【ヨーヨープレイヤー紹介#007】ハンク・フリーマン (Hank Freeman)

Photo by ©Rafael Matsunaga

■ハンク・フリーマン (Hank Freeman)

1A~5A部門の各部門で、海外の有名プレイヤーを挙げて行ったら、3Aプレイヤーでは間違いなくハンク・フリーマン(Hank Freeman)選手の名前が挙がるでしょう。アメリカ・オハイオ州(ダンカンの本社がある場所)出身の3Aプレイヤーであるハンク選手は、地元がダンカンのお膝元ということもあり、ダンカンヨーヨーと共に成長してきました。そして、ダンカンクルー(現チームダンカン)の初期メンバーであり、唯一の3Aプレイヤーとしてクルーの一端を担ってきました。

あまり知られていませんが、2002年頃から数年間、あまり表舞台に表れない時期がありました。彼が有名になり始めたのは2000年代後半。まだまだ未開拓な3A部門において、自分のスタイルを貫きながらも新しいトリックにも挑戦していくハングリー精神で、全米大会や世界大会の上位に入賞するようになっていきます。そして2011年~2013年には世界大会3A部門で優勝(三連覇!)という輝かしい結果を残しています。ハンク選手を見て3Aを始めたというプレイヤーも多く、現役世界チャンピオンの三浦元選手も憧れていたという、3Aのレジェンドです。

ダンカン時代にはトライアンフとフリーバードというシグネチャーモデルがリリースされましたが、ダンカンを去った後に、同じダンカンクルーのメンバーだったドリュー・テッツ選手と共に44RPMを立ち上げ、リズム、オシレーターといったシグネチャーモデルをリリースしています。また、彼の人柄の良さやコミュニケーション能力の高さもあり、所属メーカー、国籍、年齢等に関係なく交友関係を持ち、彼のファンだと言う人は世界中にいます。チェコに住んでいた時期もあったり、現在はタイに移住していたりと、文字通り世界を股にかけ、自由に、マイペースに生きるライフスタイルが人を惹きつけるのかもしれません。来日経験も何度もあるため、日本人にとっても馴染みのあるプレイヤーの一人です。

主なタイトル:
2016年全米大会 3A部門2位
2016年世界大会 3A部門5位
2015年世界大会 3A部門3位
2015年ダンカン国際オープン 3A部門優勝
2014年ラスベガスオープン 3A部門優勝
2014年ダンカン国際オープン 3A部門優勝
2014年世界大会 3A部門2位
2013年世界大会 3A部門優勝
2012年世界大会 3A部門優勝
2012年トリプルクラウン ダブルヨーヨー部門優勝
2011年44CLASH X部門2位
2011年全米大会 3A部門優勝
2011年世界大会 3A部門優勝
2010年44CLASH X部門9位
2010年全米大会 3A部門優勝
2010年世界大会 3A部門3位
2009年全米大会 3A部門優勝
2008年世界大会 3A部門3位
2007年世界大会 3A部門4位
2001年AAAスローダウン 優勝
2001年ミッドアトランティックリジョナル 2A部門優勝